2007年5月11日金曜日

リフォームとユニバーサル・デザイン

■半年ほど前に、実家のお風呂をリフォームしました。
なぜかと言うと、実家には私の母親の母親――つまりおばあさんが同居していて、あまり浴槽の深い湯船は立ったり座ったりするのが大変だからという理由。もう一つは、長年リフォームしていなかったので、そろそろ新しくしようという普通の理由。

しかしまあ、これが大失敗でして。湯船が以前より浅くなりましたが、湯船自体がステンレスで出来ていてとても滑りやすい。さらに、日本のお風呂は浴槽に蓋みたいなものをして温度を逃がさなくしていますよね?あの蓋を置くには、湯船の端にある程度のスペースがいる。そのスペースが約2cmくらいしかなく、ちょっと触っただけですぐに落ちてしまう。

そもそも、浴槽を浅くしたからといって、立ったり座ったりが楽になるとは限りません。むしろ、ある程度の深さがあるほうが水圧を利用して立ち上がることが出来るので、そっちのほうが楽。つまり、計画段階から欠陥のあるリフォームだったわけです。
なぜ、私に相談しなかったんだろう。何度かこのブログでも書きましたが、私は建築を専攻していましたので、その辺は両親より詳しい。あまり信用されていないのか?まあ、それは置いといて。


■ユニバーサルデザインという言葉が使われだしたのは、一般的にはわりと最近のことです。以前は「バリアフリー」という言葉が使われていました。今も使われていますけど。どちらかというと、バリアフリーのほうがなじみが深い気がします。

バリアフリーとは、バリア(障壁)を取り除くことです。本来、バリアフリーという言葉には物理的な障害のほかに、心理的・社会的な障害も取り除く意味があったのですが、最近では物理的な障害のみを取り除く意味になってしまいました。
たとえば、車椅子の方は階段を上り下りすることができません。現在のバリアフリーの考え方では、「じゃあ、違う場所にスロープをつければいいじゃん」となってしまいます。
しかし、それでは車椅子の方は一般の人とは違うルートをたどらなくてはなりません。ひどい場合は、スロープを使うための迂回ルートが、とんでもなく遠回りになるように作られていることがあります。従来のバリアフリーの考え方は、お年寄りや障害者(環境弱者と呼ばれています)にとって不便なものが多かった。
そこで、新しく出来たものがユニバーサル・デザイン。環境弱者だけでなく、健常者にとっても優しいデザイン。健常者にとっても、使いやすく広々とした空間は気持ちのいいものですし。従来のバリアフリーとは違い、精神的・社会的な障害を感じないように作られるものです。
大阪の駅には、よく音声案内があります。これは、ボタンを押すと「ここから右へ行って、その後左に曲がって」というように、その場所からどう行けば目的地にいけるかを案内するもの。よく見ると、このボタンがかなり離れて付いています。これは、指のない人のことを考えて作られているもので。指のない人は、肘や肩でボタンを押すことになりますから、あまりボタンの間隔がせまいと2つ同時に押してしまうことがありますから。それを考慮したものです。これはユニバーサル・デザインですね。

しかしながら、現在のところ若干誤解している人もいるみたいです。特に建築に携わっていない人ならばまだ分かりますが、施工関係者にも理解していない人がいます。
最近の公園には、よくスロープがついていますけど。これが、公園から道路に向かってものすごい急勾配で作られているのを見たことがあります。こんなの使ったら、そのまま道路に飛び出してしまうのは明らか。よくこんなの作ったなぁと感じることが多々ありますね。でも、作った側からすれば、これは恐らくユニバーサル・デザインなのでしょう。


■最近、深夜のテレビショッピングで(話題のヤマダ電機のやつ)、テレビを紹介していたのですが。たしか、ベクターのものだったんですけど、詳しい商品名は忘れてしまいました!
そのテレビ。リモコンの送信部分が2つあって。1つは今までのようにリモコンをテレビに向けて送信する用。もう1つは、リモコンのボタンを見ながら送信できるように、リモコンの裏側にも送信部分がついています。ちょっと、言葉で説明するのは難しいのですが。とにかく、リモコンをテレビに向けなくても送信できるものです。

はじめてこれを見たとき、「おー、これは便利だ!」と思いました。もしかしたら、私が知らなかっただけで以前からあったのかもしれませんけど。こういうちょっとした機能はありがたいものですね。健常者にとってもうれしいものですし、視力の弱い人にとってもかなりありがたい機能なのではないでしょうか。ぜひとも普及させてもらいたいものです。

と、ちょっと話が変わって。最近、家の近所でなにやら道路工事をしています。なぜか度々工事をしているんですけど。あれ、やらなきゃいけないものなんでしょうかね。
たしかに、工事が終わった後を見てみると、以前より平らになっているしキレイにもなっている。平らになったことはいいですが、その横には思いっきり段差があるままで、そこは改善されていない。
年度末になると、街のあちらこちらで無意味な道路工事が始まりますが。あれは全く意味がない。予算を使い切るためにやっているらしいですけど。予算が余ってしまうと、次の年から予算が少なくなってしまいますから、無意味に道路を掘り返す。道路はちゃんと作ればほとんど補修せずに使えます。繁華街には、1度も工事をしているところを見たことがない道路がたくさんあります。あんなに車が走っているのに。私が見たことがないわけではなく、実際に工事をしていない。ちゃんと作れば補修なんてせずに、ずっと使える道路が作れるのに、予算を使い切るために毎年道路を掘っている。しかも、改善して欲しいところは改善しない(まあ、たまに改善されますけど)。

日本は戦後、一気に成長したので、細かいところに歪みができてしまうのは仕方ないかもしれません。でも、せっかく工事するならせめて悪いところをなおしてほしい。だけど、お風呂のリフォームは完全に自分が悪いから、誰にも文句が言えないなぁと思う私でした。


■今日はこのへんで。
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